2013年6月8日土曜日

白糸の滝・滝開き


   福岡市の西隣にある糸島市は、2010年に3つの市町が合併して誕生した新しい行政区画だ。
 山と海に囲まれた自然豊かな風土、行きがいのある観光スポットをいくつも擁していること、福岡市街から小一時間で来れてしまうアクセスの良さなどから気軽に行けるレジャーエリアとして広く親しまれており、近年では九州大学の移転も追い風となって、ローカル・バラエティが調査した「いまいちばん住みたいエリアはどこ?」アンケートでは第一位を獲得するまでに至ったりしている。

 そんな糸島が世に送りだした(現時点で)いちばん名の売れているスターこそ誰あろう篠田麻理子さんだが、彼女がメディアで地元の名前をだしているところをあまり見聞きしたことはなく、それどころか故郷をスルーして福岡市カワイイ区の区長なんぞを買ってでる始末。愛知県の人が名古屋出身と称するアレに近いものを感じるが、確かに、今やアイドルヒエラルキーの頂きに君臨する麻里子様にとって、かつて歩いた田んぼと牛小屋がたち並ぶ普遍的な糸島の風景は今のところ封じ込めておきたい記憶なのかも知れない。

 しかし、そんな女帝からスルーされし地を頑張って盛りあげようとしているアイドルがいる、と小耳に挟んだ。
 糸島PR隊Lovit's!。
 「PR隊」の名が示すとおり、糸島で開催される/関連するイベントであれば地域のおまつりから市主催のイベントまで幅広く出演するアイドルグループだという。
 今回はそんな彼女たちが糸島の誇る名勝「白糸の滝」の滝開きイベントに現れるというのでのこのこ観にいってきた。

 車で田舎道&山道を30分ほどひた走り白糸の滝へ。
 道中、いたるところに「白糸地獄埋立 絶対反対」と書かれた看板がたっててちょっと怖い。部外者からすると地獄なら埋め立ててもいいんじゃないスかね、な気がしなくもないが・・・温泉的な意味での「地獄」なのかなあ。でも糸島で温泉ってあんまち聞いたことないしなあ。

 結局「白糸地獄」がなにを指しているかわからないまま白糸の滝に到着(ググったら道沿いの谷部を総称して「白糸地獄地域」と呼んでいるそうだ)。さすがお祭りだけあって、いくつかある駐車場はほぼ満杯。そんなに遅い時間に行ったわけでもないのに、最後に残ったいちばん遠い駐車場へと誘導された。

 車を停め、ガードレールもない崖沿いの舗道をてくてくのぼる。うっそうと生い茂る木々の枝が絶え間なくざわめき、ホーホケキョが耳のすぐそばから聞こえてくるザ・山の中である。なかなかこんな「現場」はない。最高のものになる予感がする・・・海抜的に。

 滝に着いたら、ちょうど式典の真っ最中。神主さんが祝詞を詠んでいるテントのうらっかわにスピーカーが設置されたウッドデッキがあり、おそらくここがステージになるのかしら。

 実は「白糸の滝」には20年ほど前にもいちど来たことがある。
 当時はとにかく陰気で蚊だらけ。名物・流しそうめんも「流しそうめん」でイメージされる、あの竹のすべりだいを利用したやつではなく、ドーナツ状の洗顔器みたいな水槽をそうめんがひょろひょろ泳ぐソレがぽつん、ぽつんと配備されているだけで、幼心(すでに中学入ってたけど)にとてもガッカリした記憶がある。それ以来、今日まで全く縁がなかったのはその光景が軽くトラウマになっているせいもあるかもしれない。
 現在はちゃんと景観を壊さない程度の開発が入っており、当時なかった(と思う)立派な売店や食堂などもできていた。ちゃんと竹の流しそうめん台も複数実装されていて、「観光地として売りだそう!」のホンキっぷりが伺える。
 おかげで滝も以前みたときよりずっと美しいものに感じられた。
 ちびっこたちもかつての僕のような絶望の表情を浮かべることなく、水場でキャッキャッとヤマメを釣ったり水遊びに興じたり、とても楽しそうにしている。

 そんなことを考えながらベンチでボンヤリしていると、どこからか糸島土着の幻獣いとゴン(糸島半島状の頭部をもつ竜、だそうだ)がやってきた。たちまち多くの子供たちに囲まれ、彼らの歓声にいちいちお尻をふったり、手にしたハマボウをブンブン振り廻したり、せいいっぱいの愛嬌をふりまくその姿に大人の僕も癒され・・・あっ子供にハマボウ奪われとる。
 最初はとてもほのぼのとした光景だったが、子供たちのテンションがどんどんえらいことになってって、気前良く写真撮影に応じていたいとゴンも騒乱を避けるようにどこかへ消えてしまった。

 去ったいとゴンと入れかわりで、おそろいの衣装をまとった女の子たちがステージに登場。立ち位置確認をはじめる。どうやら彼女たちがウワサのLovit's!のようだ。
 取り囲むギャラリーはお祭りを目当てにやってきたと思しき家族連れが大半だったが、ファンの方々も少なからずいらっしゃるようで、ステージ前にデジカムが2台、端にも下から仰ぐように角度調節されたデジカムが1台と、清らかな自然のなかでマニアの執念が不相応にグツグツ煮立っていた。
 僕の隣にいた、どうもメンバーのお母さんらしき女性が「なお!なお!もっとスカートおろさんね!」と心配して(そりゃそうだ)警戒を促し、呼ばれたなおさんも「そんな場合じゃなかやろ!」「恥ずかしいけん声かけんで!」みたいな表情を浮かべつつ、ちゃんとスカートの位置を直していた(*いちおう撮影者氏の名誉のために「下からのアングルでもカメラは超引きだった」ことを明記しておく)。

 ちょっと離れたところから「餅まきば始めますよ!」のお呼びがかかり、ステージを囲んでいた家族連れがいっせいにそちらへ民族大移動。まさに「花よりだんご」・・・というか、そのぐらい時間ずらしたらいいじゃんねえ。僕もちょっと紅白饅頭ほしいし。

 いちおう端っことはいえ最前がとれたので、マナーとして後ろの人達の邪魔にならぬよう腰を落と・・・したところ、再びどこからか現れたいとゴンが僕の真ん前に陣取ったため、その巨大な糸島半島型の頭部で前がみえなくなってしまった。
 前号のhipS Ship回で「いろんな迷惑ヲタをみてきたが、KIGURUMIに視界をブロックされたのははじめてだ」と書いたけど、まさかそれを2週連続でヤラレるとは・・・。


 しかしまあ、こんな近くでいとゴンをみる機会もなかなかないのでバッシャバッシャと写真を撮りまくる。撮りまくってるうちに、いとゴンが気配にきづいて振り返ったので、お仕草に甘えてvine用の動画も撮影させてもらう。
 いとゴン、カメラ好きなのかスピーカーからながれるBGMにあわせてひょっこりひょっこり踊ってくれちゃったりしてサービスもすごくいい。なかなかかわいいじゃないか、こいつ~。
 と心を許した次の瞬間、いとゴンがその愛らしい前足をクワッと僕の腹にあて、ギュギューと思いっきりストマッククローをかましてきた。
 これがなかなかの力で「うがっ・・・」と素のリアクションで応えるほかなく、こちらがショックと痛みでアワワとなってるのに、あいつめ、また涼しい顔でどこかへと去っていくではないか。
 ・・・やっぱりモンスターだよ!

 本性を隠し、またマスコット・キャラとして子供たちと戯れはじめたいとゴンを呆然とみていると、こんどはステージ側から「キャー!」「ギャー!」「いやー!」という黄色い悲鳴が炸裂。慌ててそちらに目をやる。
 もしかして何匹もいるのか、いとゴン!?
 単にLovit's!メンバーが頭上から降ってきた虫に驚き騒いでいるだけであった。

 数分後、マイクをもったおじさんがステージにあがり「これから糸島PR隊 Lovit's!の皆さんに歌っていただきます。皆さんは・・・ごゆっくり歓談してください」となんとも気の抜けたスピーチで開演を宣言。
 続いて「今からLovit's!のステージがはじまりまーす、みんなー、しゅうごー!エル・オー・ブイ・ イー!糸島Lovit's!」のかけ声とともに、傍らのテントより元気よくLovit's!がとびだしてきた

 最初に歌われたのは「ねえ、糸島で恋をしましょうね」の出だしでもうノックアウトされる、あまりに愛らしいナンバー「Magic Island」。不覚にもカノジョを連れて糸島沿岸をドライブした記憶が甦り泣きそうになる。いや、実際泣いてたかもしれない。糸島にはHome Grownの手になる「Sunset」というローカル・アンセムもあるし、なにげに名曲に吸い寄せる土地なのだなあ。

 曲はもちろん、歌、ダンスひっくるめたステージングもこちらの予想を遥かに上回るクオリティだ。
 ただ、笑顔で歌い踊るメンバーのなかで、さきほどスカートの位置を注意されたなおさんだけが超顔真っ赤っか&涙目状態。・・・そんなに虫が怖かったのだろうか。

 MCコーナー。アイドルのそれには必ずついてまわる、逆にこちらが照れてしまうような自己紹介(ここでメンバー全員中高生と判明)がやはりこちら糸島の奥部でも展開されたが、なおさんだけが声を震わせながら「糸島といえば~みどり~、あお~、なお~」
 そんなに虫の恐怖って引きずるものなのか。どうしたんだ。

 続いては「福岡からメジャーデビューし、私たちも大変お世話になっているLinQさんのレパートリーを2曲続けて」。ほほう、「お世話」とな。

 まず披露されたのは「なう」「リプライ」「リツイート」といった言葉が盛り込まれたTwitter賛歌「なう。」。これ、曲中で小気味良く「なう!」のフレーズが繰りかえされるのだが、そのいちばんしんがりが「なお!」と改変されており、(なんとなく気づいていたが)なおさんは決して虫の恐怖を引きずって泣いているわけじゃないこと、滝開きのお祭りというめでたい側面の裏で、実はもうひとつのドラマが進行中であることがわかってきた。
 次の曲は・・・あっ、これは知ってる!「Japan Idol File」に入っていたLinQ最初の全国流通シングル「カロリーなんて」だ。

 LinQナンバー2曲を歌い終え、メンバーが「糸島にも夏がやってきました!」と高らかに宣言。続くMCコーナーでは「ここのそうめんとヤマメはおいしい」「これからあじさいもハマボウも咲くし、皆さんもっと糸島にきてください」と、しっかりPRのお仕事をこなしている。さすがだなあ。
 次の曲は「いとくると」、これもまたオリジナル曲だそう。
 まずは軽快なイントロから・・・。
 ・・・・・!!!
 ・・・・・・・・・・!!!!!!!!
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!!!!!!!!!!!!!!!

 うおーい!なんじゃこりゃー!
 超・名・曲じゃないか!!!どういうことだ、CDはどこだ!!!
 どこにも物販コーナーらしきものがないんだけど!!!!どうしたらいいんだ!!!!!

 「いといといといと♪」 「くるくるくるくる♪」の応酬がやたら気持ちのよいアップテンポなナンバーで、「Magic Island」でもそうだったが、彼女たちの呈示する「イデアとしての糸島」に心底滅多打ちにされた。良い意味でボコボコだ。良い意味で全治三万年だ。糸島がこんなユートピアだったとは思わなかった。
 糸島は僕が半年に一回、古本を探しにいく「まんが倉庫 前原店」と「BOOK OFF」だけの街ではなかったのだ!

 ここ最近ほいほい地産アイドルを観てきたが、このクオリティ、フレッシュさにおいてLovit's!に勝るグループ、ホントの意味での「ローカルアイドル」はいないかもしれない。「す、すげー」の一言しかでてこない。参った!

 次の曲が最後ということで・・・あっこれまたLinQのカバーだ。「チャイムが終われば」だ。LinQは未体験だけど、この曲は福岡で暮らしてたらコンビニやらスーパーやらラジオやらでよく流れるので知っている。かねてより「いいなあ」と思っていたので、今日ちゃんとしたものが生で聴けてよかった。 Lovit's!バージョンだけど、満足だ。逆にこれで良かった、とまで思っちゃったりする。
 しかしここまでLinQをフィーチャーする理由はなんなんだろう。仕掛人が一緒なのだろうか。

 なおさんの「これからもLovit's!は糸島に元気を届けていくので応援してください」という涙混じりのコメントでシメ。次は6月23日に前原商店街の軽トラ市、7月23日の花火大会に出演すると告知があった。
 6月23日か・・・これは見逃せない。

 最後の最後にいとゴンのテーマ曲「いとゴンのシマ」を、ストマッククローモンスターを交えて愛らしくダンス。これ、聴きたかったんだ。それにしても、いとゴン、よく動く!

 終演。
 卒業セレモニーみたいなものは一切なかったが、ヘタにお涙頂戴を狙わず、ステージでフィーチャーして送りだすその心意気に感服しきり。いやあ、粋とはこういうことをいうのだろう。
 ステージ上ではなおさんがメンバーたちと抱きあい、青春の1ページがめくられ往く瞬間をゆったりと惜しんでいた。

 いとゴンとLovit's!による写真撮影タイムがはじまりはじまり。
 まわりの行楽客たちが「今日はいとゴンあんなに動いて機嫌よかバイ」などと話しているが、僕の腹にはさっきグワッと掴まれた感覚がまだ残っている。あのやろう〜。

 くっしゃくしゃになってるなおさんの傍らにはずっといとゴンがいた。
 とくに励ましたり元気づけたりといったアクションもなく、ただただ寄り添っているだけだったが、しかしその「ただ、そばにいるだけ」が実に糸島の守り神を体現しているようで、ちょっとホロッときてしまう。いとゴン・ブレス・なおさんか。
 ・・・決して腹をつかむタイミングを狙ってるわけではなかろう。

 帰り間際にお土産屋さんを物色していると、外から「てをあわせてください、おべんとう、いただきます」「いただきます!」という女の子たちの声がした。テラスのほうに目をやるとLovit's!の皆さんがお行儀良くひとつのテーブルを囲んでお昼ご飯を食べている。
 いやあ、見られてないところでもしっかりしてるわ。また来月くるくるくるくる。




 奇しくもその夜、横浜は日産スタジアムで篠田麻理子さんがAKB48からの卒業を発表。後からネットのニュースでそのときの写真をみたが、彼女の傍らにいとゴンの姿はなかった。
(初出:2013年6月19日配信)